ディープ八丈

八丈島には、あらかじめその先に家がある、あるいは車は通れる、とわかっていないと絶対車で入っていきたくない道がけっこうたくさんあります。

たとえば、ここ。左側の写真です。

いや、この道ならもうちょっと大丈夫かな、と思いますが、もうちょっと行くと、こう(右の写真)なります。

写真だとはっきりしないなあ。

写真をダブルクリックしていただくと大きくなりますが、やっぱり実感はわかないと思うけど、道の右側はこけむした大きな石、火山岩かなあ、を積んだ石垣で、道は小型の車の幅ぎりぎりぐらいで、右側の石がはみ出してる部分もあるし。左はブロック塀だし。

ブロック塀しないと多分、車が右の大石垣をよけて大きく家の地所に入るだろうし、だから作ったんだろうけど。

この先に往診先があって、いつも、車を石でこすらないか、ひやひやしながら通ってます。

でも、さらに奥に行こうとする車もあったし、奥にはもっと家があるんだろうな、と。

中之郷には、ここを通るのかよ、という道がもっとあって、でもその道を通り越すと立派な舗装道路や大きなきれいな家や畑や、水田までもあって、う~む、八丈島も奥が深いなあ、と。コメはもう作ってないと聞いてましたが作ってましたね。

以前、往診先がわからなくてぐるぐる回って、郵便配達のお兄さん(おじさん?)に先導していただいた事を書きましたが、新しい往診先に行くときはいつもおもしろいいろいろ起きます。

その1. こっちへおじゃれ

えーと、やっぱりわからないから電話してみようよ。 あ、今○○の前なんですけど。

あ、じゃあ、こっちへおじゃれ。 いや、こっちってどっちですか。

その2. 大きく曲がって

うわあ、肺炎起こしてるなあ、入院だなあ、病院に連絡してから救急車呼ぶからね。

えーと、じゃあ、救急隊に住所や道順を教えてください。

大通りを○○の前を曲がって、えーと、大きく曲がって…、

いや、それじゃわからないと思うけど、って、わかるんかい!!、救急隊すげえ。

隣りの木@その2

なんだか梅雨みたい、とスタッフが言うとおり、八丈島らしくなくしとしとと雨が降ってます。

いや、5/11にとった写真なんですけど。

毎度おなじみ、と言っても去年の3/16にアップしたクリニックの裏手の 隣りの木 ですが。

鱗みたいだったところから新しい葉っぱが出ているところです。新しい葉っぱのくせに茶色い。これから葉緑素が増えて緑になるのかな。

コメントでタブの木ではないかと教えていただきました。

塀にはツタみたいな植物が絡まっていますが、そこから黄色い細長いものがたれています。小さめの緑色のも垂れ下がってますので緑から黄色になっていったのかと。

しとしとじめじめして、自宅でフル稼働している除湿器2台とも12時間くらいでタンクの水がいっぱいになります。が、植物は生き生きしてますな。

という風に書こうと思っていて、しかし、5/12になると雨風が強くなって、夕方からはビュウビュウ風が。

台風のなれの果ての熱帯低気圧のくせにけっこう激しいじゃないか。

なめんなよ、ですか。いや、なめてたわけじゃないけど。いや、なんだ熱低か、とちょっとなめてたけど。

すでに西日本では土砂災害が発生しているようで、地震で地盤がゆるんだ被災地はどうなるんだろう。

液状化で川の堤防が水面から1mくらいにまで沈んでしまった地域もあるとニュースでやってたし。

そのうち梅雨が来るし、少しずつ少しずつ復旧しているようですが、まだまだ大変だなあ。

黄砂

今日はほとんど雲のない、年に何回もなさそうないい日でした。といいたいところでしたが、黄砂で山がぼんやりしてます。

夕方5時に撮った写真なので、上の写真は逆光で全体に暗く、ゴリラ岩(誰がなんといおうとゴリラ岩)の写真は反対を向いて撮ったもので、どちらもクリニックの入り口からの写真です。

昼間、往診途中で海が見えるところを走っていたとき、水平線が見えないのに唖然としました。ぼーっと霞んでしまって見えません。

ニュースでは東京では視界が5kmとか言ってましたが。

明日も黄砂だそうで、たまりませんなあ。八丈島は4日5日は雨だそうで、それで洗われてしまうでしょうが。

マスクしなくていいのだろうか。マスク嫌いなんだけど。

世界4大文明というのを50年くらい前でしょうか、学校で習ったときに、なんで今はほとんど人が住んでないようなそんな荒れ地に文明なんか起きたんだ?、と疑問を持ったことがあります。

そしたら、何年か前にテレビで中国の研究者が大昔は黄河流域は大森林地帯だったと言っていて、すごく納得しました。

別の番組で、インダス川流域も大昔は森林地帯で、黄河流域もインダス川流域も結局は人間の営みが原因で砂漠化してしまったそうで。

これはうろ覚えですが、チグリス・ユーフラテス川流域も、現在の塩害は人間の営みの結果である、と言うドキュメンタリー番組を見たような気がします。

モアイ像で有名なイースター島も、人間の営みの結果、木を使い切ってしまった、らしいですし。

昔も今も、人間は結局自分の首を絞めてしまうんだなあ、と。

黄砂や原発事故を見ながら思ってしまいました。

横間ヶ浦

上京しようと飛行場に行ったら1便が欠航、2便に振り替えて、暇があったので、前から気になっていた横間ヶ浦に行って見ました。

浜から見上げるとこれ。この道、というか、橋、というか、を毎日のように往診で行ったり来たりしていて、浜を見下ろしていたわけで。大里の玉石垣の丸石はここからとっていたらしいし。

このところどんどん暖かくなっていて、今日は少し風が強いけど南風で、八丈富士には雲がかかっているけどまあまあ晴れといってよく、しかし、風向きが南だと欠航率が高くて、雨風のひどい天気の時でも飛行機が来ることはあるのに今日はだめで、結局2便も欠航となって、仕方なくブログアップなど始めたわけです。

いやまあ、地震からこっち、なんだか集中できなくて、仕事自体も結構忙しくて、なかなか余裕がありませんでした。

しかし、被災地は大変だなあ。おまけに原発事故はほんとによけいで、あれさえなければ全国民あげて復興にがんばれるのに、原発事故だけは、何とか押さえ込んでください、と現場の方々のがんばりを祈るしかなくて。

この浜は 横間海水浴場 となっていますが、こんな大きな石だらけの波の荒いところで泳げるのだろうか、シャワーや石の屋根のあるお休みどころがあったりして、その脇にこれは昔の防空壕あとだろうか、トンネルみたいな入り口が見えます。人が入れないようになっているけど。島には防空壕はたくさんあったそうです。秘密基地もあったそうだし。

写真はぜひ、カチカチクリックしてみてください。山の斜面でところどころ白く抜けているように見えるのが島桜(大島桜)だと思います。

おしまいの2枚は、三原山(通称)の一角にある、ゴリラ岩(通称)です。

島の一部の子供達がそう呼んでいるそうで、そういわれてみれば確かにゴリラが寝そべっているような、そう見えなくもないような気もしないでもないかな、と。まあ、おおめに見てやってください(笑)。

この山の斜面もぽちぽちと島桜が白く抜けて見えます。あんまりきれいくないなあ。

大震災

今回の震災でなくなられた方のご冥福をお祈りいたします。

東北関東大震災から1週間がたちました。

3月11日金曜の午後、ちょうどクリニックに居て、お、地震だ、うう、けっこう揺れるな、結構長いし、で、テレビでリアルタイムにあのものすごい津波の映像を見てしまいました。

あまりのすさまじさに言葉もなく、そのあとはもう、毎日毎日暇さえあればテレビにかじりついて、なんか、何をやっても上の空でした。スミマセン。

神戸の震災時には、実は当時勤務していた病院の運営母体の青梅市から派遣されて、1週間だけですが、現地入りしています。実際に生で感じる凄惨さは、映像とは違う迫力で胸に迫りました。当たり前ですが。

しかし、日頃、行政組織に対して鬱憤ばかり感じていたのですが、今回は政府をはじめとする各分野の行政の方々のがんばりに頭が下がります。津波だけでなく原発事故に対するその右往左往ぶりも含めて、そう捨てたものではないな、と。

まさしく前例のない事態なのですから、当然必死に右往左往するしかない。必死に試行錯誤するしかない、わけで、必死に。

どうぞ頑張ってください。いや、すでに、私なんぞがいうまでもなく、特に現場の方々は頑張っていらっしゃいますが。

メディアに関しても、まあ、NHKばっかり見てましたが、日頃は特に医療分野に関して批判的に見ていたのですが、その情報収集能力のすごさと、その持てる力を総動員して少しでも行政と被災地をつなぎたいという思いが十分に伝わってきました。

完全に私事ですが、火事で家と工場が全焼して、大借金して立て直そうというときに親父が蒸発して、しかし、これまた完全に個人的にではありますが、追い詰められて蒸発した親父には申し訳ないとは思いましたが、実は、これはむしろ自分にとってはチャンスかもしれない、と思っていました。そう思おうとしたわけではなく、なんか自然にそう思えたのです。

そして、当時30代後半くらいだったかと思いますがパートのおばちゃん、この方は家庭のこととかいろいろ苦労されていて、しかし寡黙でいつもにこにこ、小柄でくるくるとよく働く人で、この寡黙な人があるときぼそっと、辛抱してればいいことあるさ、と歌うようにつぶやいたのであります。

気持ちは前向きでしたがいっぱいいっぱいだった当時の私には、特に寡黙でくるくる働くこの人の言葉はすごく響きました。

あまりに不謹慎かもしれないと思いましたが、書いてしまいます。

被災された方々、身内を亡くされた方々、家や財産を失った方々、決して消えることのない痛みを負われた方々に対しては、本当に不謹慎かもしれません。

が、日曜くらいでしたか、テレビの映像を見ながら、実は、これは日本にとってはチャンスかも知れないぞと考えていました。

石原都知事が、我欲に走る日本人に対する天罰だ、とか、不正確ですがそういった内容の発言をしたとかでひんしゅくを買っていますが、実際、多分日本人すべてが、今、自分に何ができるのか考え始めている、日本を覆っていた閉塞感が破られるかもしれない、

今はまずは復旧ですが、その後には復興が始まります。すでに日銀や日本政府、各企業、各国の政府が動き始めています。昭和の戦後復興に匹敵するような平成の復興が動き出すはずです。ばらばらだった日本人が一つの目標に向かって歩き出します。自分にできることはなにか、再び考え始めた日本人の底力が発揮されるはずです。

サッカーの小笠原選手が被災地を訪れたニュース、小笠原選手のこわばった表情とやがて集まってきた子供達の笑顔、そう、この笑顔ですよね。

また私事なのですが、火事の時も工場で働いていたときも医学部受験を決めたときでも、頑張る、という言葉が嫌いでした。頑張って、と言われても、いや、なんか違うぞ、と口には出しませんでしたが反発していました。小笠原選手もインタビューで、頑張ってというのも違う気がする、と発言をしていて、この人は想像力が豊かなのだなと感じました。

頑張って、と応援する方を批判しているわけではありません。応援する気持ちをそう表現しているわけですから。

私もどんな言葉を使えばいいのかわかりません。

何も考えられないときは何も考えず、ぼーっとやり過ごす、なにか考えられるようなら、今は何ができるのか、そのできることのうち何をしようか、そうやって一つずつ、やれることをやる、あるいはやらない、これが前に進むことだと自分では考えています。そうやって来たつもりです。

被災地の方々、避難されている方々、どうぞ、ご自愛ください。