今日のBS2の囲碁・将棋ジャーナルという番組を今見ていて、坂井秀至7段が張栩碁聖との5番勝負に勝って初タイトルを獲得したことを知りました。これで8段に上ることにもなります。関西棋院からは29年ぶりの7大タイトル保持者誕生だそうです。
少し前から坂井7段という名前はちょこちょこテレビの囲碁番組などで知っていましたが、京大医学部卒、医師免許を取ってからプロ入りしたということを2~3年前に知り、すげぇと思ってました。
ついに、というか、早くも、というか、7大タイトル保持者! すげぇ。つってもWikiによるとアマ時代にはすでに世界一になってるそうで。
一日8時間は囲碁の勉強をするそうで、えーと、岩渕は毎日なにか勉強してるのか、などという突っ込みは無しという方向で……。
藤沢秀行最後の弟子、坂井新碁聖、このところ日本勢がふるわない世界戦でぜひ頑張っていただきたいと思います。
あらためまして、岩渕は囲碁は下手の横好きです。
医科歯科の最終学年はほとんど講義らしいものはなく、最後に卒業試験が確かあったかと思いますが、一年間ほとんどが病棟実習に当てられます。BSTと呼ばれていました。bed side teachingです。医師免許はありませんので先輩医師にくっついているだけで、なにかするわけではありませんが。
レポートやらなんやらやらねばならないことは一応ありますが、空き時間も結構あって、学生談話室にたむろって情報交換したり(この教授のつぼとかあの教授のおとしどころとか)無駄話をだべったりするわけです。
囲碁や将棋のセットもあって、ちょうど同学年に理科大囲碁部主将だったやつとか東大囲碁部主将だったやつとかいて、将棋は父の影響で子供の頃からやり方を知っていて多分アマチュア初段くらいの力はありましたが、この際以前から興味があった囲碁を覚えようと思い立ったわけです。
まあ、東大囲碁部元主将には12子置いて30目くらい負かされましたね。が、観戦していた友人達からは、岩渕さん(クラスではかなり年上なので最後までさん付けで呼ばれていました)善戦だよ、と褒められました。
もう何年も人とは指していません。しばらくぶりで囲碁ソフトを引っ張り出してきました。これもはまると結構時間を食うのであれなんだけどなあ。ちなみに私の棋力は多分4級か5級くらいです。
10/08/28 [土] 1:45 PM |
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伊坂幸太郎(敬称略)の 砂漠 を読んだ。
岩渕の本に関する教養のほとんどは10代前半までの、すなわち小中学生時代ですね、の読書に基づいています。10代後半からはSFと漫画以外はほとんど読んでません。ごくまれに文学書なども読みましたけど、ごくまれです。
勤務医を辞めてからふと羽田空港の本屋で手に取った オーデュボンの祈り 以来、伊坂幸太郎(敬称略)にはまっています。
オーデュボンの祈り は、ネットでこの本を原作とする漫画を読んだことがあって、その漫画は完結していなくて気になっていたので目についたのであります。
まあ、未来がわかるしゃべるかかしを中心としたお話なのでSFチックで読みやすかったというのはあるのですが、上京するたびに次々と井坂作品を購入する羽目になりました。
砂漠 は読んでる内に、あ、青春小説か、と気がつくのですが、今本の写真を撮ったら帯に青春小説と書いてある、何だよ。
まあ、大学生たちの入学から卒業までのお話で、ちょうど最近私の1回目の(笑)大学時代の友人達と数十年ぶりに連絡が取れたばかりで、岩渕的にタイムリーなわけで。
例によっての井坂ワールド全開で、こんな奴ら絶対にいないぞ、と思いながら読み進めていても、仙台では登場人物達が普通にそこらを歩いているような気にさせられます。
盛岡から東北大(と思われる)法学部に入学したまじめな秀才の北村君、講義は全部出てノートを取りサークルにも属さず卒業したら盛岡に帰って公務員になるつもり、いつも物事から距離を置いて観察しているタイプ、のくせにあっというまに年上のブティック店員(たぶん美人)を恋人にしてしまう、何だよ、その北村君の一人称で物語は進みます。
東堂さんという超絶美女(絶世の美女、の意味と世間を超越しているキャラという意味と両方です)、南さんというスプーンを曲げたり自動車を宙に浮かしたり!できる穏やかで気立ての良い美女(たぶん)、西嶋という外見はキモオタだが硬派の(今や死語?、昔の硬派のイメージとは違いますが天下国家を憂い、決して臆しない、そして行動する、しかし一般的な運動、市民運動やら学生運動やらには賛同しない、そして空気を読まない、まさに硬派です)の東西南北4人組と鳥井君という今時の若者とブティック店員、鳩麦さんという年上の美女(たぶん)、の6人を中心として入学から卒業まで4年間の春夏秋冬が描かれます。
物語の終わりの方で、今時の若者たちのお笑い芸人のりを冷たい目で見ている学長が卒業式で、「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あのときは良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」と強く言い切り、「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」と最後にいいます。
この最後の言葉は西嶋と鳩麦さんが サン=テグジュベリの本の引用だ と看破しますが、人間の土地 という本らしいです。
これを書きたくて伊坂幸太郎(敬称略)はこの小説を書いたのではと勘ぐってしまいますが、もちろん、伊坂幸太郎(敬称略)おたくとしては素人の私は、うかつなことは言えません。
まあ、医者になろうと決心してから後は、その時々で、今が自分の人生で1番いいかも、と思うときを過ごしてきた岩渕としては、実に幸運な人生を送ってきたなと思うのであります。今もオアシスかもと思うし。
しかし、人間関係の贅沢 についてはよくわかりません。まあ、サン=テグジュベリの言葉だし、あんまり興味ないし。星の王子様だけは一回読んだことある様な気がするけどほとんど記憶にないし。
10/08/26 [木] 4:04 PM |
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いや、その、しつこいかな、まあ、いいか。
クリニックの裏のベランダの前の小さな空き地に蟻の高速道路が走っているということを以前このブログに書いたんですけど、その空き地に朝顔の蔓や葉が侵出してきてほとんど砂利が見えないくらいになっていました。
朝顔は私としては可憐なイメージだったんですけど、実は結構強くて、ほっとくと雑草以上にどんどんそこらにはびこるとスタッフに教えられました。(写真撮っとけばよかった。)
ところが、この3日間でシルバーセンターの人たちの手によってクリニックの周りの雑草(朝顔やアシタバ含む)が一掃されてしまいました。


一昨日と昨日はばあちゃん達がやってきて、うずくまってそこここで草刈りしてましたが、その手際のいいこと、ふと気づくとばあちゃんがうずくまっていた一角はきれいさっぱりとなっていて刈られた草が山になってます。この炎天下の中です。島のばあちゃん軍団恐るべし。
で、今日はじいちゃん達が、草刈り機やら刈った草を軽く吹き飛ばす装置やらを背中にしょって現れて、石垣の上なども含め、雑草(朝顔やアシタバ含む)を完全に一掃していきました。じいちゃん達の機械化軍団、さらに恐るべし。
蟻が高速道路に使っていたわらのような細い植物も当然一掃されて、蟻はどうするんだろう、と思っていたら、仕方なく、と思いますが、砂利を伝って歩いてました。当たり前か。まあ、一般道しかなければ一般道を使うしかないし。
上の写真です、わかるかな、わっかんねえだろうな、イエ~ィ。スミマセン、わかる人にしかわからない古いギャグです。
拡大したのが真ん中の写真で、蟻の道ができてます。
で、クリニックへの蟻の入り口、出口かな、は下の写真です。以前に載せた蟻の高速道路のクリニック口の反対側のクリニック口です。こっち側はあのブログ書いたあとで気がつきました。
写真はクリックすれば大きいのが出てきます。
えーと、何が言いたかったかというと、別になにかいいたかったことがあったわけではなくて、えーと、蟻に特に興味があったわけでもないし、えーと、その、まあ、いいか。
10/08/06 [金] 6:53 PM |
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蟻の第2弾です。
往診から帰ったらスタッフが妙な顔して出てきて、パソコンに蟻がいる!
え、パソコンに蟻? ほら、いるでしょ。
会計業務中心に使っているノートパソコンの液晶のなかに、確かになんかいる。
はじめはヘリかと思ったらしい。
このあいだ撮った青ヶ島の写真をデスクトップの背景にしていて、青ヶ島の上の雲の当たりにUFOの様に浮かんでいる。
拡大するとこれ。ピンぼけになってしまった。蟻とわかるかな。
一時大騒ぎしたが、その後、屋内では見かけなくなっていたけど、どこから入ったんだ、この蟻。
液晶の上の膜と液晶の間、というか、たぶんそこらに入り込んでしまって身動き取れなくなってしまったのか。馬鹿なやつだ、というか、えーと、かわいそうなやつだ、というか。
パソコンは特に何事もなく動いているので、まあ、いいか。
しかし、うっとうしいだろうなあ。
画面を変えてもアプリケーションを使っていても何をしていても消えないわけで。
蟻の嫌がらせか? たくさん殺したし。
しかし嫌がらせをするにしろ命をかけなければならないし、決して得にはならないと思うけど、価値観の相違かな。
10/08/04 [水] 4:20 PM |
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本日、朝から何となく降りそうな空の感じで、午後になってほんとに雨が降りました。青ヶ島が見えると雨になるというのはほんとでした。
自己紹介を書き上げてしまいます。
八丈島には総合病院があります。
そこで20年以上も婦長さんをやっている人の娘さんが、私のつとめていた東京の病院の内科病棟に新卒の看護婦さんとして配属されてきました。
なんかの飲み会か何かで、いずれは僻地に行くというような話になって、どうせなら八丈島に来てよと言われ、何気なくいいよと返事したらとんとんと話が進んで、で、町立八丈病院に赴任することになったのであります。
もちろん、いろいろな個人的な事情とか、さまざまな条件がそろったからではありますが。
そして、町立八丈病院に丸4年間勤務し、退職して、島を離れる予定でしたが、なんだか、今年開業してしまったのであります。
島の医療をなんとかしたいとか、そんな大それたものではなくて、流れのままに気がついたら開業しちゃった、というのが実感です。
医科歯科の2年生の頃でしたか、北海道のえりも町の診療所におばさん先生が赴任した、というNHKのドキュメンタリーを見ました。
やはりかなりのお年になってから大阪大学に入学して医師免許を取り、7年目くらいで夫と子供2人を大阪に残して赴任したという番組です。
う、先を越されたか、とそのときは思いました。
お知り合いが同じような道を選ばれた、というようなコメントを頂きましたが、年取ってからというか、回り道をして医者になる人は結構いるようです。
私が医者になって数年がたった頃、NHKでその10年後というドキュメンタリーがまたありました。10年勤めたえりも町を離れ、定年退職されたご主人とともに、ご主人は理事長として、今度は淡路島に小児科医院を開業する、というものでした。
えりも町の隣町に様似町(さまにちょう)という人口3000人ほどの町があり、最初の大学、獨協大学時代の友達の高校の同級生がクリニックをやっていて、かなり前から一緒にやらないかと誘われていて、町立病院を辞めたときはそこに行くつもりでした。
が、なぜか島で開業してしまった、のです。
もちろん、町立病院勤務時代から、島の人々の医療に対するニーズなどを肌で感じていて、在宅医療を是非やりたいという思いが強くなっていたのは事実です。
初めてみて、これは想定していた以上に、もしかすると不謹慎な言い方になるかもしれませんが、楽しい、というのが実感です。
何とか続けて行ければいいなと考えています。
10/07/29 [木] 6:05 PM |
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